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佐賀地方裁判所 昭和44年(ワ)238号 判決

原告

辻七二

ほか一名

被告

山口清次

ほか一名

主文

一、被告等は各自

(一)  原告辻七二に対し、金弐百九万円及び内金弐百九拾九万円に対する昭和四拾四年七月弐日以降完済まで年五分の割合による金員

(二)  原告辻マサに対し、金弐百九拾九万円及び内金弐百八拾九万円に対する昭和四拾四年七月弐日以降完済まで年五分の割合による金員

を、それぞれ支払うべし。

二、原告等のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを四分し、その旨を原告等の負担とし、その余を被告等の負担とする。

四、この判決は原告等の勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

(原告等)

一、被告等は各自、原告七二に対し金四百六万五千円及び内金三百九十四万円に対する昭和四十四年七月二日以降完済まで年五分の割合による金員を、原告マサに対し金三百六十九万円及び内金三百五十六万円に対する昭和四十四年七月二日以降完済まで年五分の金員を、それぞれ支払うべし、

二、訴訟費用は被告等の負担とする。

三、仮執行宣言

(被告等)

一、原告等の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告等の負担とする。(但し本項は被告山口だけの申立)

第二、原告等の主張

一、自動車事故の発生

昭和四十二年六月二十七日午後四時頃、佐賀郡大和町久池井惣産の道路上において、被告草場の運転する普通貨物自動車が、訴外辻忠次の乗用する自転車に接触し、このため右忠次は転倒負傷し、同月二十九日死亡するに至つた。

二、帰貰事由

(一)  被告草場は事故当時、佐賀郡大和町川上方面より佐賀市方面に向け進行して事故現場に差しかかり、先行の貨物自動車二台を追越した際、前方不注視のため対向通行して来た被害者忠次の自転車に気づかず、これに接触転倒せしめたのであり、民法第七百九条により損害賠償責任がある。

(二)  被告山口は貨物運送業者で、被告草場を運転手として雇い本件事故車を自己のため運行の用に供していたものであり、その運行によつて本件事故が生じたのであるから、自動車損害賠償保障法第三条により、損害賠償責任がある。

三、損害

(一)  亡忠次の逸失利益

忠次は昭和二十四年八月二十六日生の男子で、高校三年に在学中であつたが、健康で成績も中以上であつたから、本件事故に会わなければ、昭和四十三年三月高校を卒業し、直ちに就職できたものであり、以後四十年間に亘つて収入を得たであろうと推定できる。しかして、統計 (甲第五十号証の一、二)によれば、昭和四十三年四月における普通一般産業に従事する男子労務者の平均月間給与額は、金四万二千四百二十一円であるから、これより生活費を控除し、その残存月額純利益を一万九千円として、前記四十年分につきホフマン式計算により現価を求めると金四百七十六万円となる。

原告等は右忠次の両親であるから、相続により右金四百七十六万円の各二分の一に当る金二百三十八万円の損害賠償請求権を取得したものであるところ、本件事故につき自賠法による保険金百六十三万円を受領したので、これを差引くと残額は各金百五十六万五千円となる。

(二)  葬祭費、療養費及び雑費

原告七二は、忠次の死亡による葬祭費として金二十四万七千九百円、同人の死亡に至るまでの療養費として金十二万五千円及び雑費として金二千九百二十円を出捐し、右同額の損害を蒙つた。

(三)  慰藉料

亡忠次は原告等の間に生れた唯一の男子で、高校卒業を控え既に就職もきまり、原告等はその将来を楽しみにしていたところ、本件事故のため死亡し、原告等の悲嘆やるかたなく、精神上蒙つた苦痛は甚大である。よつて原告等に対する慰藉料は各自金二百万円を相当とする。

(四)  弁護士費用

以上のとおり原告等は損害賠償請求権を有するところ、被告等が任意にこれを支払わないので、原告等は佐賀県弁護士会所属の弁護士である原告等訴訟代理人に本訴提起を委任し、同会の規程による賠償額の標準のうち最低料率による手数料及び謝金を第一審判決言渡と同時に支払うここを約した。右による原告等の義務のうち少くとも金三十万円は本件事故に基く原告等の損害というべきところ、金五万円はすでに支払ずみであるから、残額は金二十五万円であり、原告各自については金十二万五千円となる。

四、よつて原告等は被告等に対し請求の趣旨どおりの判決を求めるため本訴に及んだ。

第三、被告山口の主張

一、原告等主張の事故発生により訴外辻忠次が死亡した事実、被告山口が本件事故車を自己のため運行の用に供していたこと及び被告草場が被告山口に運転手として雇われていた事実並びに原告等がその主張にかかる保険金を受領した事実は、いずれもこれを認める。亡忠次と原告等との身分関係及び本件事故により原告等の蒙つた損害の点は不知、その余の原告等主張の事実は否認する。

二、本件事故当日、被告山口の営む重機工事請負、建設資材販売業は休業していたが、被告草場は被告山口に無断で、本件事故車を私用のため運転中に、本件事故が発生したものであり、被告山口には損害賠償義務はない。

三、本件事故は、被害者忠次が終始下向きのまま自転車を運転し、前方注視を全く怠つていた過失が重大な原因をなしている。被告草場は、忠次を発見してから警笛を吹鳴して自車の進行を知らせる措置をとつたのであるから、忠次が前方を注視しておれば、自転車のハンドルを左に切り、道路左側に避難して本件事故に至らなかつたはずである。

よつて仮に被告山口に損害賠償責任があるとすれば、過失相殺を主張する。

第四、被告草場の主張

一、原告等主張の日時場所において、原告等の主張する被告草場の過失により本件事故が発生したことは認めるが、右事故による損害の点は不知である。

二、被告草場は当時被告山口に運転手として雇われていたものであり、本件事故車を通勤に使用することを被告山口より認められていたのである。

第五、〔証拠関係略〕

理由

一、原告等主張の日時場所において、被告草場運転の普通貨物自動車と、訴外辻忠次乗用の自転車が接触し、このため右忠次が転倒負傷し、昭和四十二年六月二十九日同人が死亡した事実は当事者間に争いがない。

しかして被告草場は右事故が自己の過失により生じたものであることを認めて争わないものであり、それ故同被告が民法第七百九条により損害賠償義務を負うことは明らかである。

二、被告山口は運行供用者としての賠償義務を争つているので、この点について判断するに、被告山口が事故当時被告草場を運転手として雇つていたことは当事者間に争いがなく、被告草場本人の供述及び〔証拠略〕によれば、被告草場は雇主である被告山口より本件事故車を通勤に使用することを許可されて、仕事が終つたのち毎日事故車を自宅に持ち帰つていたこと、事故当日は、被告山口方では仕事を休み従業員全員が海釣に行くことになつていたところ、被告草場は朝寝をして出発時刻に遅れたため参加せず自宅に居たが、午後になつて本件事故車を運転して洗車に出掛け、それを終えての帰途、被告山口方へ様子を見に行く途中に本件事故を起すに至つたものであることが認められる。右認定に反する〔証拠略〕は採用できず、他には右認定を妨げる証拠はない。

以上の認定事実に基き判断すると、本件事故発生当時の本件事故車の運行は、必ずしも被告草場の無断私用運転と言えないものがあり、仮に私用運転であるとしても、客観的外形的にはなお被告山口のためにする運行と認めるのが相当であるから、被告山口は自賠法第三条により右運行によつて生じた本件事故の損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

三、被告山口は、損害額の算定につき過失相殺を主張するので、以下この点につき判断する。〔証拠略〕を綜合考案すると、被告草場は事故車を運転して可成りの降雨の中を時速約五十粁で、進行中、事故現場で先行する軽四輪自動車及びその前の大型ダンプカーを追越そうとして時速約六十五粁に加速し、中央線を越えて道路右側部分に出た際、前方約五十米の地点に対向してくる被害者忠次の自転車を認めたが、これと融合できるものと軽信し、単に警音器を鳴らしただけでそのまま道路右側部分を進行したため、右自転車に約二十米に接近して初めて衝突の危険を感じ、あわてて急ブレーキを掛けようとしたが及ばず自車の右後部を忠次に接触させ同人をはねとばすに至つたものであることが認められる。右認定に反する証拠はない。右によれば、本件事故は被告草場が忠次の自転車を認めた際、直ちに減速して追越しを中止し、道路左側部分に戻つて衝突事故を未然に防止すべき乗務上の注意義務があるのに、これを怠たり、軽率無謀な追越しを継続した決定的過失に基因するものというべく、従つて、たとい対向してくる被害者忠次が事故車の接近に気づかず、左に避難しなかつたとしても、同人において道路左側部分を進行していた以上(この点は前掲各証拠により明白である)、これをもつて損害額の算定につき斟酌すべき過失とすることはできない。

四、そこで損害の点について検討する。

(一)  亡忠次の逸失利益〔証拠略〕によれば、亡忠次は原告等の一人息子であり、本件事故当時満十七才(昭和二十四年八月二十六日生)の健度体で、佐賀中央電波高校三年に在学し、就職もほぼきまりかけていたこと、原告七二は女十五名、男四名を使用して瓦製造業を営んでおり、行く行くは忠次に家業をつがせる考えであつたことが認められ、右事実に〔証拠略〕を勘案して判断すると、亡忠次は本件事故にあわなければ、控え目に見ても、昭和四十三年四月以降四十年間にわたつて少なくとも月額三万三千円程度の収入を挙げ得たであろうことが推定される。そこで生計費を二分の一と見ると、純利益は月額一万六千五百円(年額十九万八千円)となり、ホフマン式計算により四十年間の逸失利益の総額を求めると金四百二十八万円となる(一万円未満切捨)

そうすると原告等は忠次の死亡により右金額の各二分の一に当る金二百十四万円を相続したことになるが、すでに右忠次の死亡に対する損害賠償金として自賠責保険金より百五十万円を受領していることが認められる(証拠略)ので、これを控除すると、その残額は原告等各自につき金百三十九万円となる。

(二)  葬祭費

〔証拠略〕によれば、同原告が忠次の葬式及び法事のため相当の費用を負担した事実はこれを認めることができるが、原告の提出援用にかかる〔証拠略〕に記載された金額が、すべて忠次の葬祭費としての支出であるかどうかの点は、必ずしも明確ではなく、仮に葬祭費であるとしても、その全額を本件事故と相当因果関係のある損害と見ることにも疑問がある。そこで当裁判所は、〔証拠略〕を綜合勘案して、概括的に金十万円をもつて被告等が原告七二に賠償すべき葬祭費と認める。

(三)  療養費及び雑費

原告七二は亡忠次の死亡に至るまでの療養費及びそれに伴う雑費として金十二万五千円及び金二千九百二十円を請求しているが〔証拠略〕によれば、右損害に対しては、すでに自賠責保険金より支払われていることが認められるので、本訴における請求は失当である。

(四)  慰藉料

原告等と亡忠次との身分関係、事故の態様その他本件に顕われた一切の事情を勘案すると、忠次の死亡により原告等の蒙つた精神的苦痛に対する慰藉料としては原告等各自につき金百五十万円をもつて相当と認める。

(五)  弁護士費用

原告等が弁護士たる原告等訴訟代理人に本件訴訟の運行を委任していることは顕著な事実であり、事件の難易、訴訟の経過等に窺みると、被告等の賠償すべき弁護士費用としては原告等各自につき金十万円をもつて相当と認める。

五、そうすると、原告等の被告等に対する本訴請求は、原告七二については金三百九万円及び内金二百九十九万円にす対る履行期後である昭和四十四年七月二日以降年五分の割合による遅延損害金の、原告マサについては金二百九十九万円及び内金二百八十九万円に対する原告七二についてと同様の遅延損害金の各支払を求める限度において理由があり、その余は失当である。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条、第九十三条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 土屋重雄)

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